流通再編 10
次のステージ:規格化
先日、大手の医薬品卸の幹部の方とお話するチャンスがあった。
当方の思い込みで、「進んだアメリカ医薬品卸」vs「遅れた日本医薬品卸」ということを思い描いていた。
「アメリカとはもうこれ以上交流する必要がない」というところまで来ているそうだ。
ビジネスだけなら、そうだろう。
でも、よくみてみよう。
例えば、錠剤のパッケージ。
アメリカの場合、ボトル。
何錠包装か、ということが問題になる日本とザラザラとボトルにいれればいいアメリカとどちらが安くつくか?
物流をてがけたことのある方にはわかると思うが、日本型のPTP包装のデリバリーが如何にコストのかかるものか。
現実にアメリカのドラッグストア、病院調剤の現場にいくと、規格化されたボトルが並ぶ。
様々なPTP包装が雑然と並ぶ日本の薬局の棚をみると、これにかける手間、コストはなんとかならないものかと思う。
メーカーの出庫から患者の手許に渡るまでを考えると、雑然と規格化の差は膨大だ。
医薬品卸だけの論理でアメリカがそうなったのかは定かではないが、医薬品物流を全体として考えるというところまで来ている。
かつて「犬、ネコ以下」といわれた業界。
いまや、ナショナルインフラ。
業界として、こうしたことに旗を振っていいのでないか。
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