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医薬品流通事情-日本とタイ 05

タイからの研究員は彼女で3代目。
基本的に中国系タイ人だ。
3月に次の研究員の面接に出かけた。
例外なく、中国系タイ人。
製薬企業の社長室などへいくと、商売の神様みたいな存在である孔明(戦略,戦術が巧みなことは商売に通じる?)、大黒様のようなものなど明らかに中国系の商売シンボルが鎮座している。
タイは中国系タイ人の融合が最もうまくいった社会とされる。
当方の関心の対象である医薬品、医療の世界では基本的に中国系タイ人が殆どだ。
研究員と雑談すると、中国系であることはあまりいわない。
例えば、名前。
現在の研究員の名前は、Ploywarong Luengtrairatというタイらしいもの。
彼女たちが中国系であることなどを話していて、「どうして中国的な名前ではないの」と聞くと、ヴェトナム戦争の頃の話が出てくる。
その頃以前は、中国系の名前であったらしい。
当時、共産圏を連想する名前では誤解を招きかねないといったこともあり、タイ風の名前に変えたということらしい。
変更の基本は、中国名前の意味をタイ語に置き換えたという例が多いとのこと。
こうした方々は、タイの中ではエリート的な地位を築き上げてきている。
タイの中では賛否の評価が大きくわかれているタクシン元首相もchina-originだそうだ。

タイの医薬品流通の基本的なことから始めてみよう。

まず、タイの人口。
6300万人で、日本の約半分。
人口構成は、まだ若い。
14歳以下が23%、15~59歳が66.7%、60歳以上が10.3%というもの。

タイの次期研究員のインタビューの際、10分程度のプレゼンテーションをしてもらう。
その中に、タイと日本の人口ピラミッドを参考のために提示した候補者がいた。
タイはピラミッドから釣鐘に移行する途中。
日本のものは、60歳以上を一塊で図にすると筆者としてはぎょっとせざるを得なかった。
図表の作り方の問題だが、タイの人口ピラミッドはonion-shapeで70歳以上を固めて図示すると、玉ねぎの上に小さな帽子がのっているというイメージ。
日本のそれは、70歳以上の人口をひとまとめにすると、大きな壁がしりすぼりの玉ねぎの上にあるかのような感じになる。
率直に言って、かなりuglyなものだ。
異国で自分の国の人口ピラミッドについての説明を受けるというのも異様な経験だが、あらためて、日本の高齢化社会はここまできてしまったのかという感慨があった。

研究員の面接では、今回はじめてチュラロンコン大学以外の学校にofferしてみた。
応募してきてくれたのは、Thammasat(タマサート)大学。
この大学は、日本でいうと文科系の大学。
チュラロンコン大学がラーマ6世という王様によって設立され、どちらかというと保守的であることと比べると、タマサート大学は民主化思想の傾向を持つ大学であるとされる。

特に、今年3月の面接では、タマサート大学からは経済学部からの応募があった。
それまで、チュラロンコン大学の薬学部を中心とした応募者とはハッキリ異なった態様だった。

現在、当教室受け入れについては、タマサートの2人にしぼっている。
チュラロンコン大学のときもそうだったが、タマサート大学の学生さんも相当英語がうまい。
筆者なぞ、足元にも及ばない。
英語だけでいうと研究員の方が「教授」である当方より遥かにマシだ。
今回の面接では、上述の2人の英語は飛びぬけていた。
この2人とも文科系(経済)だ。
議論をしてみると、チュラロンコン大学の薬学系の学生さんより、思考が柔軟だった。
主張はそれとしてプレゼンテーションをするが、alternativeの議論をすると、適切な受け答えができる。
2人の共通点として、異分野での体験をよい挑戦機会とし、次のステップを目指すというもの。
アタリマエでしょ、と思われる方もいるかもしれないが、チュラロンコンの場合、薬剤師資格があれば、まず、食うのに困らないであろうということから、「日本にいってもいいかな」という方々の割合が多いような気がした。
この2人はそれとは相当異なる。

昨年来の世界同時不況のせいで、タイの外資系企業の採用が極端に減ったということがこういう優秀な候補者が現われた原因かもしれない。
役所時代、採用担当官なるものになったことがある。
その時感じたことは、平明に会話ができる、あるいは、双方向性があるということが結局大切だということ。
最近、某大手町の大手商社の方と就職面接についてお話を伺う機会があった。
その方も概ね同様の感想を語った。
ついでに、双方向性のある柔軟な候補者が減り始めているといったことのようだ。
曰く、「うちはまだ選べています」。
アタリマエではないか。
この会社が「選べなく」なったら、インフラみたいな会社であるだけに、小国民としては心配。

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