医薬品流通事情-日本とタイ 33
タイに戻ると、オール税金の制度、日本風にいうと医療費無料化政策のため、NHSにかかる医療費は、先に紹介したNatinal Health Insurance OfficeとBureau of Budgetの戦いで決定される。
日本でいえば、厚労省と財務省の鬩ぎあいということ。
National Health Insurance Office(NHSO)は、り患率、医療機関利用状況などなどから、一人当たり医療費を推計する。
どこの国でもそうであるように、この全額が財務省に認められることはない。
タイでもそうだ。
予算は獲得した。
その分配はどうだろうか。
予算が人頭割計算だからといって、人頭割的に単純に分配されるわけではない。
どういうものが分配の要素になるかというと、次のとおり。
1.県(province)ごとの高齢化率、医療機関利用率を調整係数として各県ごとにことなる頭割り額(capitation)を決定する。
*この県という区域割りだが、大王とされるラーマ5世の一連の改革で設定されたものだ。
ラーマ5世は、1868年、15歳で即位した。
1868年というと、受験の際、イーヤーロッパという覚え方をした。
明治維新というどう見ても、不可思議な革命の年。
明治天皇は、1867年14歳で践祚し、15歳で明治維新を迎えた。
同時期の両国、両元首が植民地主義の時代を迎え、革命的な改革を経て、生き残ったことは興味深い(学生さんから、wikipediaに同趣旨のことが書かれていますよ、といわれチェックしてみたら、ホントーだった)。
現在のタイの県は単なる行政区画だが、ラーマ5世の改革の前は、日本でいえば、藩主的な知事が一切を取り仕切っていた。
これが、ラーマ5世の改革で藩主の権限を取り上げ、行政区画として国家行政の中に組み入れられた。
なお、この時期、タイ王国はフランス、イギリスによる領土割譲を被っている。
フランスには、カンボジア、ラオスを、イギリスにはマレー半島の一部をとられた。
割譲面積は30万平方キロメートルといわれ、日本の現在の国土が約38万平方キロメートルであることを考えると、いかに広大なものであったかが諒解できる。
タイの人々の心の一部にかつてはタイコクであったというところがのこっているように思える。どういえばいいのだろう。笑顔の底の尊大さとでもいえばよいのだろうか。
ミュージカル、王様と私の中で、隣国から捧げられた美女という場面がある。
近隣諸国はかつて属国だったという意識が今でも残っているような気がする。
脱線ついでにいえば、タイ王国は、かつて沢山の民族を束ねた広大なものだった。ヨーロッパに例をとると、ハプスブルグ家のオーストリア・ハンガリー帝国に似たものだった。
よくかんがえてみれば、セルビア青年のオーストリア皇太子暗殺が第1次大戦の引き金になり、異なった言葉民族を束ねるハプスブルグ家の帝国は数年を経ずして瓦解した。
歴史にはifsがある。
仮に、イギリスやフランスに領土を割譲せず、20世紀の後半に入ったならば、現在のバルカン半島情勢を国内に抱えるということになったのではないか。
必然だったことを早期にやったともいえると思う。
2.各医療機関についていうと、外来患者には、1.の人頭割が支払われる。
- 入院患者には、地域ごとのDRGが適用される。
3.NHS法では各医療機関の公務員の給料は人頭割額予算に含まれるべしとなっている。
- タイではよくある(ことらしい)が、これは公務員給与法に抵触する。
- どいうことになったかというと、人頭割額予算から予め関係公務員の給与費を差し引き、その残り額を各医療機関に配分するということになっている。
- NHS法では、各医療機関に支払われるべき金額は、人件費も含まれるのだと宣言しておきながら、そうではないという解決をするというのは珍妙なことだと思う。
- この方式では、人件費とその他の経費の支払方式が異なり、例えば、各病院ごとの生産性といったことは直接関連しない。
- 沢山患者が来たが、このことと、患者に比例して公務員を配置するか、あるいは適切な手当てを支払うかといったことは関係ないことになる。
- タイ最大の病院の医師のインタビューを診療室で行ったときの、喧騒と医師の疲弊した表情が思い起こされる。
4.医療機関の経営危機時に各病院を助成するための緊急基金費が人頭割予算額から差し引かれる。
5.患者の転送、区域越えのケースなどの備え、一定額が人頭割予算額から差し引かれる。
6.過疎地、遠隔地、危険地帯などへの助成のため、一定額が人頭割予算額から差し引かれる。
これでは、一体いくら残るのだろうかと思ってしまう。
タイの研究員のレポートでは次のように述べている。
Mostly, provincial NHSO will be responsible for budget distribution to each provider within their province. And the budget received can be various. We can say that This NHS is not truly operated by capitation system. Rather, copitation as one form of budget distribution in Thai NHS.
意訳します。
「各地域のNHS事務局は担当地域の医療機関に予算を分配する責任がある。
ただ、分配内容はバラバラだ。
タイのNHSは分配面からいうと、人頭割などではない。
人頭割というのは予算分配の単なる形にすぎない。」
実際問題、元々不十分な予算という前提では、これだけをみると、病院が黒字でやっていけるのが不思議であり、人頭割というやり方は財源調達という面だけに機能しているといってよい。
さらに、先述したITシステムの不備の問題があり、各病院からの赤字などの報告が
あっても、それが正当なものであるのか否かについてさえ、判然としない。