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DPC 06

診療報酬体系見直しの必要性の高まり(1)


厚生労働省の説明では、次のようになる。
まず、タイトル。
「診療報酬体系見直しの必要性の高まり(1)」
役人時代、自分もそんな感じのタイトルをつけていた。
これは、雑誌風にいうとミニマムでも、「何故今のままではいけないのか」だろう。
「高まっている」としたい気持ちは分かりますが。

次に内容その1.
「現行の診療報酬体系は、昭和33年に新医療費体系として構築。基本的特徴は、診療行為ごとの出来高払い方式。その後、40年以上が経過し、類似の改定を経る中で、点数項目は大幅に増加、複雑化し、国民に分かりにくいものとなっている。」

筆者は、現役の役人のとき、すでに殆どわかりませんでした。

ここで、診療報酬の歴史をおおまかに振り返ってみる。

医療費の支払が、患者と医師との相対取引という形から、別途支払ということになったのは、昭和2年(1927年)の健康保険法施行からだ。
この仕組みで初めて公的な支払の基準ともいううべきものが必要になった。
制度の発足時、政府は日本医師会との包括請負契約を結び、診療報酬は政府が被保険者の頭数に応じて人頭割で日本医師会に支払うという形をとった。
究極のまるめ、定額方式だ。

包括請負契約からは、薬剤師に対する報酬がはずされている。
きちんと調べるべきだが、薬剤師会が同時に整備された(薬剤師法公布が1925年、強制加入の薬剤師会の設立が1926年、健康保険法という制度の創設のためのやや泥縄的な臭いがする)ことを考えると、薬剤師会の手によって医師会と同様な方法がとられたものではないかと思う(こんなことを「思って」しまってはいけないが、独り言ということでご容赦)。

泥縄といってしまったが、当時、労働法学者の第一人者であった末広厳太郎氏は、健康保険法を「ほとんど世の批判を受けず、大したした審議も受けずに通過したいわば月足らずの子」と評した。社会保障といった概念もなく、ホールシステムの整備もないままにいきなり、労働者に限るとしてもいきなりユニヴァーサルカヴァレッジの医療費保障制度ができたということは今の目でみても異様な思いがする。

例えば、アメリカでは全国民を対象とした公的医療保障制度を作るかどうかが未だに共和党と民主党の論争の焦点になっている(撤退されたクリントン氏は強力な推進論者)。
ついでに、今のアメリカにはメディケイド(生活保護)、メディケア(老人医療)制度はある。健康保険法制定当時、日本には生活保護制度すらなかった。一体どういう優先順位でこの制度を作ったのだろうかといわれても誰も答えられないだろう。

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