DPC 23
包括評価制度について
独り言なので(やかましい?)、各々コメントしてみたい。
「客観的なデータで標準的な治療や価格情報を参照できる」とある。
まず、思い出すのは、その昔、医療機関は領収書を出さなかったということだ。
役人をやっていた頃、医師会と領収書一つで論争になった。
「お金を支払って領収書が当然のように出ないのは、医療機関だけだ。」(当方)
当時の医師会側の反論。
「医療機関、特に開業医は忙しい。領収書のような瑣末な事務までやると、診療が疎かになる。」
当時、語られていたホンネは(医師会との飲み会の席でお互いに酔っ払いながらですが)、帳簿、税務処理、架空請求などの言葉。
大福帳による経理処理、レセプト請求の夜なべ仕事、優遇税制下での税務申告などそれなりに理解?できるところもある。
領収書との厳密な照らし合わせをやられると、健保連などにバレルといったこと。
故武見太郎氏が晩年に言っていた言葉。
「「こっちがソファーにふんぞり返り、患者が丸椅子」というのは、封建時代の「民は之に由らしむべし之を知らしむべからず」を想起させる。」
治療内容や治療費についての質問を許さず、医者を信頼しなさいという態度について自戒して洩らされた言葉。
医療の標準化・透明化は、患者のために最も大切なものだと思う。
前述したように、DPC の実態は、一定額の中でのやりたい放題医療で、標準化・透明化が失念されているように思える。
現在のところ、患者にとってそれとわかる効果が生まれていないのではないか。
医薬品の分野についていうと、クリニカルパスが十分整備されていない上、パス作成段階で薬剤師が関与していない例が多い。
DPC をやりながら標準医薬品リストがないという実態では、どうにもならないのではないか。
だから、「期待される効果」などといってみたのかもしれない。