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ジェネリック医薬品の価格 12

ドラッグラグという場合、欧米のマーケットでは流通しているものが日本では薬価基準に掲載されていない(遅れている)というのが通例。

そのため、製薬メーカーは、理論的には原価計算方式でありながら、世界市場を見渡すと類似薬効方式でもよいという立場に置かれる。

日本の薬価は高いといわれてきたが、昨今そうでもなくなりつつある。
(薬価改定ごとに価格が下がるのなら、当初設定を高くするという「常識」が横行していたということ。仮に、欧米で当該医薬品の優秀性などから価格が高騰することがあっても、律儀に薬価改定ごとに価格が下がるという妙な国ですな。)

類似薬効方式というのなら、世界価格が基準となる。
世界商品である画期的な新薬は、メーカーとしては、世界的に価格を高め誘導したい。
で、「本社」としては、日本市場の特性を考えると、原価計算方式をとってみたい誘惑にかられることがある。
こうした鬩ぎ合いは、通常、医療界を含み関係者が「長年の知恵」に従い、それなりに取り扱ってきた経緯がある。

近年の政権交代の世の中では、それなりの世界が良くも悪くも否定される傾向がある。
中医協といった組織は、日本医師会が処世の知恵に従い、医師の技術料と薬価という複雑な方程式を上手に解いてきた。
この世界にもニューカマーという存在があり、角張った、リクツだけの取扱いをしてしまうというケースも生まれる(お医者さんは患者さんとの対応という関係上、処世を大きく外すことはあまりないらしいが)。

こうした状況では、原価計算方式で粛々と提出した資料をもってがんばろうとすると、世界価格との乖離ということとの関係でお互いに後に引けない勝負をしてしまうことがある。

新秩序といった状況ではおこりがちだとはいえ、メーカー側はリクツの通っているはずの原価計算方式が認められず、世界価格よりも高いのはなぜかという質問には対応できないという、雪隠詰め状態になる。

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